新月の願い事の書き方——例文より先に決めたいこと

新月の夜に願い事を書くといい、と知って、例文を探しにきた。

いくつか読んでみたけれど、どれも自分のこととして書き写せる気がしない。 書き方の決まりごとも、思っていたよりたくさんあって、そのうち面倒になってしまった。

そうして、また今月の新月が過ぎていく。 そういう夜に、ここへたどり着いてくださったのかもしれません。

書けないのは、望みがないからではありません

願い事が書けないとき、多くの方は自分に望みがないのだと思ってしまいます。

けれど、たいていの場合、望みはあります。 ただ、それを願い事の形に整えようとした途端に、いくつもの検問を通ることになるのです。

これは望んでいいことなのか。欲張りすぎではないか。 書いたのに叶わなかったら、余計にみじめにならないか。 そもそも、こんなことを願うくらいなら、自分で動くべきではないのか。

この検問を全部通り抜けられる願い事は、そう多くありません。 だから書けなくなる。望みがないからではなく、望みに合格点を求めてしまうからです。

先にひとつだけ申し上げておくと、願い事に審査はありません。 うまく書けた人にだけ効く仕組みでもありません。

鑑定師としての見立て

先に正直に申し上げておくと、新月に願い事を書くという習わしは、わたしが学んできた帝王学陰陽五行の体系そのものから出てきたものではありません。月の満ち欠けに合わせて心を整えるという営みは、もっと古くから、暮らしの側にあったものです。ですから、ここでは占いの技法としてではなく、暮らしの手当てとしてお話しします。

そのうえで、この習わしにわたしが意味を感じるところが、ひとつあります。 それは、始まりの側に目盛りを置いてくれることです。

宿命鑑定では、人の巡りに、外に向かって開いていく季節と、内側にこもって整える季節があると考えます。どちらも必要で、両方あってようやく一巡りになります。 けれど、暮らしのなかで意識されるのは、たいてい終わりのほうです。締め切り、年度末、片づけ、区切り。始まりのほうには、意外と目盛りがありません。

新月の願い事は、その数少ない始まりの目盛りだと思っています。

そのうえで、例文より先に決めておいたほうがいいと思うことを、ひとつだけ。 何を手に入れたいかではなく、どこへ向かいたいかのほうです。

わたしは、この夜のことを、切符に行き先を書く時間だと考えています。 切符に書くのは、到着時刻でも、座席の種類でもありません。行き先だけです。どの経路を通るか、何時に着くかは、書いた本人が決めることではありませんし、決められません。 それでも、行き先の欄が埋まっていないと、改札そのものを通れない。願い事というのは、たぶんその欄のことです。

ですから、細かく書けなくても大丈夫です。 いつまでに、どういう形で、いくらで。そこまで決めようとすると、たいてい書く手が止まります。行き先だけで、この夜の役目は足ります。

もうひとつ、時期のことも添えておきます。 巡りは、人によって別々に流れています。同じ夜に同じ月を見ていても、外へ開いていく季節にいる人と、内にこもって整える季節にいる人がいます。

こもる季節にいるときに、外へ出ていく願い事を無理に書こうとすると、書けないか、書いても心が乗りません。それは意欲が足りないのではなく、季節が違うだけのことです。 その時期に向いている願いも、ちゃんとあります。学びが身につくこと、体が整うこと、誰かのために手を動かせること。地味に見えますが、次の季節にきちんと効いてきます。

そして、書いたからといって、翌朝に何かが変わるわけではありません。 この夜の効き目は、叶えることより、自分が何を望んでいたのかを自分で知るところにあります。知らないまま抱えている望みと、知ったうえで持っている望みとでは、日々の重さがずいぶん違います。

書き方の手順と、例文の使い方

用意するのは、紙とペンだけです。五分から十分で足ります。

  1. 紙のいちばん上に、今日の日付を書く。それだけで、この一枚が特別な紙になります
  2. 願い事ではなく、いま気になっていることを、思いつくまま並べる。三つでも五つでもかまいません。順番も体裁も気にしません
  3. 並べたなかから、ひとつだけ丸をつける。全部を扱おうとすると、たいてい何も動きません
  4. その丸をつけたものを、行き先の形に書き直す。ここで例文の出番です
  5. 最後に、そう願った自分に一言だけ添える。書き足すかどうかで、読み返したときの気持ちが変わります

例文は、なぞるためではなく、言い方の型として使うのが向いています。たとえば、こういう形です。

  • 「〇〇を、無理なく続けられていますように」
  • 「〇〇について、落ち着いて話せる相手が見つかりますように」
  • 「〇〇のことで迷ったときに、自分の考えを言葉にできますように」
  • 「〇〇に使う時間を、月にいちどはとれていますように」

どれも、結果そのものではなく、そこへ向かう道の書き方になっています。 うまく書けなくても、書き損じても問題ありません。そもそも、うまく書ける人のためにある習わしではありません。

今夜のうちにできる、小さな一歩

  • 紙が用意できなければ、行き先をひとつだけ声に出す。頭で思うのと、口に出すのとでは、輪郭の残り方が違います
  • 新月の日を過ぎていたら、次を待たずに今夜書く。日付は目安であって、締め切りではありません
  • 書いた紙をどうするかを、先に決めておく。しまう、次の新月まで置く、どちらでもかまいません。決めずに置くと、ただの散らかった紙になります

おわりに

願い事は、注文ではありません。 自分がどちらを向いていたのかを、自分に知らせるための一行です。

書けなかった夜も、無駄にはなりません。 書けないと気づいたことが、すでにひとつの答えになっています。

手放すほうの夜については、満月の手放しの書き方——何を手放すか分からない夜のためにに書いています。

もし気持ちの重さが長く続いて、日々のことが立ち行かないようでしたら、専門の相談窓口も頼ってくださいね。紙とペンで足りないものは、この世にちゃんとあります。

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